築地活版製造所と印刷の歴史

築地活版製造所と印刷の歴史

今ではもはや当たり前となった活字印刷ですが、その歴史を少したどってみようと思います。
活版印刷については、実はいつ、どこで発明されたのか詳しいことはわかっていません。
とはいえ、初めに発明されたのはおそらく中国だろうと考えられています。

日本では、安土桃山時代や江戸時代のころに用いられたことがありますが、当時は手間がかかりすぎることから普及せず廃れてしまったんですね。
特に江戸時代は、それに代わり木版印刷が主流となりました。

活版印刷が広く行われるようになったのは明治時代に入ってからです。
代日本印刷の父と言われる本木昌造氏によって、長崎県新町の「新街私塾」内に活版製造所が設立されます。
この時に、日本初の新聞「横浜毎日新聞」に活字を提供することになります。
さらに明治6年には弟子である平野富二氏を東京に派遣し、築地に「平野活版製造所」を設立するのです。
こうして、後に平野活版印刷所は日本を代表する活版製造メーカーとしてが知られるようになります。

活版印刷は、それから5世紀もの間、改良されながらも印刷の中心技術として機能し続けたんです。
しかし、近年の写植およびDTP化によって活版印刷も消滅しつつあります。
技術と人手、時間がかかるといった理由などから保存も難しいという状態にある活版印刷ですが、
一部の人々には「ぬくもりが感じられる」などの理由からいまだ愛され続けています。

技術の進歩によって消えてゆく技術もあります。
印刷にかかわる人間としては、完全になくしてしまうには惜しい技術なんですが…。
時代の流れには、なかなか逆らえないものなのかもしれませんね。
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